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勝手に企業ブランディング論①:もともと「ブランディング≠企業ブランディング」だった?

「ブランディングって、何よ?」スパッと答えられる人、いますか?

「ブランディングって結局、何?」と聞かれて明確に答えられる人はどれほどいるでしょうか。「きれいにデザインし直すことでしょ?」「新しいロゴマークとかを作ること?」「いやいや、企業スローガンを作ることだよ」という感じに、色んな答えが出てくるかもしれません。けっこう曖昧です。意外にもブランディングを生業にしている人間であっても、「ブランディングとは」を一言でスパッと答えられる人は少ないのではないでしょうか。

一応、ハッテンボールはブランディングの会社を自称しています。なので、これから何回かにわたって、ハッテンボールの考える「ブランディングとは?」「ハッテンボールがやろうとしているブランディングとはどんなもの?」といった、私たちなりのブランディング論についてお話ししていこうと思います。

おそらく広告論、経営論の文脈で語られる一般的なブランディング論とは異なる部分も多いと思います。というのも、ハッテンボールはもともと求人広告畑出身のコピーライター3人で創業した会社です。電通や博報堂といった広告のメインストリームとは全く違う出自です。でも、だからこそ、語ることのできる広告プロモーションだけでなく、働く人にも組織にも効くブランディング論があるはず。(と、勝手に思っています)

それでは、ハッテンボールの独断と偏見が随所に盛り込まれたブランディング論、少々長くなりますがしばらくの間お付き合いください。

ブランディングは、「商品ブランディング」から始まった。

日本では1980〜90年代、高度経済成長が終わり、バブル経済に差し掛かった時代から、少しずつ「ブランディング」という概念が企業に広まっていきました。つまり、時代が「モノ不足の時代」から「モノ余りの時代」へとシフトし、企業間競争が激化する中で、「ただ商品を作って売るだけじゃダメだ。どうやって自社独自の色を出そうか?」「○○といえばXX(商品名)というイメージを消費者に持ってもらうためには?」と、企業が必死に模索しはじめた時代に注目されたのが「ブランディング」という概念だったわけです。

その頃のブランディングは、いわゆる「商品ブランディング」が中心でした。広告代理店や当時ブームだった広告クリエイターたちが主導する、商品を売るための顔づくり、イメージづくり。一貫したコンセプトでの商品企画、シリーズ戦略、ロゴ・パッケージ作り、TVCMや新聞、雑誌、交通を中心とした広告プロモーション戦略。「無印良品」は、まさにそれを象徴するようなブランドですね。また、年代は遡ってしまいますが、1967年のトヨタの「白いクラウン」なんかはまさにその走りと言えそうです。

そうした流れの中でブランディングという考え方は、人と企業に少しずつ広がっていったわけですが、それはあくまで「商品ブランディング」であり、「企業ブランディング」という考え方は、実はまだほとんど存在していませんでした。というと言い過ぎかもしれませんが、「ブラディング=商品のブランディング」という暗黙の了解が、世の中にあったのは確かではないでしょうか。

「企業ブランディング」の源泉は、リクルートにあり?

「企業ブランディング」という概念が世の中に普及したバックグラウンドには、「リクルート」という企業とそのサービスの存在が大きかったのではないか、と私たちは睨んでいます(そんなことを謳っている学説や書籍を見たことはありませんが)。

「リクルートブック」や「就職ジャーナル」を通じて、日本に「採用マーケット」「就職マーケット」という市場を創り出したのがリクルートでした。限られた情報の中で、大学や研究室、親族のつながりでしか選べなかった就職のあり方を変え、「就職先を自分の意思で選ぶ」という価値を創造したのです。そこにバブル経済も加わり、優秀な大学生の取り合いが激化する中、リクルートを中心に提唱され始めたのが「採用ブランディング」でした。

採用競争は、成長発展していくためにはどんな企業も参加を避けることができない競争です。でも、全社横並び、同じスタートラインに立ってヨーイドン!という競争ではない。どうしても大学生にとってわかりやすい身近な商品を持っているBtoC企業や、TVCM等での露出が多く知名度が高い企業が有利になってしまう。どんなに規模が大きく、企業力・開発力のある優良企業であっても、BtoB企業を始めとした学生にとってわかりにくい企業は、採用弱者にならざるを得ませんでした。(例えば、重工系や部品メーカー、専門商社など)

「企業固有の物語を語る」という、採用ブランディング。

知名度がなく、わかりやすいサービスや商品がない企業が、就職人気企業に対抗するために何を打ち出せばよいか?そこで編み出されたのが、「企業固有の物語を語る」という手法でした。会社設立の背景、創業者の想い、製品開発の裏側に隠された「プロジェクトX」を彷彿とさせる開発秘話、人間ストーリー、苦労話などなど。これまでの企業成長の歴史をまるでひとつの小説や映画のように表現することで、自社の企業価値を伝え、採用力の強化を図ったのです。それを、リクルートをはじめとした求人広告事業者たちは「採用ブランディング」と呼び始めました。

80年代後半〜90年代前半、まだインターネットが一般的に普及していなかった時代のため、採用ブランディングは、リクルートブックや企業ごとの採用パンフレットといった「紙媒体」で主に展開されていました。採用ブランディングが広がった要因として、採用広告がマス広告と違って「読まれるメディア」だったということもあるでしょう。人生の大きな分岐点となる就職活動。大学生たちは貪るように企業の情報を収集してくれます。通常の商品広告ではあり得ないような、リクルートブック見開き数千文字にわたる求人広告や、パンフレット数十ページもの「企業固有の物語」であっても、しっかりと読み、理解してくれる。そういったバックグラウンドもあって、採用ブランディングは採用活動の大きな柱、採用成功の常道として定着していったのです。

その後、2000年代に差し掛かるあたりでインターネットが急速に社会に広がり、企業の情報発信にも大きな変化がもたらされます。それが大きなきっかけとなり、「採用ブランディング」は「企業ブランディング」へと昇華されていくことになるのです。

どうやって、採用ブランディングは企業ブランディングへと繋がっていったのか?その担い手は誰だったのか?企業ブランディングは、企業活動にどのような影響をもたらしたのか?そして、ハッテンボールがめざすブランディングとは?

勝手に企業ブランディング論、次回以降に続きます。

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